もし、他の国で大学生活を過ごすことがたった1年だけできる。
そうしたら、あなたは何をやりますか。
どんな経験をしたいですか。
あさようの経験話が参考になればと思います。
あさようは2008年10月から翌年2009年の8月まで仙台に暮らしました。人生では初の日本長期在留になりますね。当時はちょうどリーマンショックで円高が進んだ時期でもあります。この文書を書いている2026年と比較すると、ほぼ2倍ぐらいの円高だった気がします。留学生たちは苦労しましたね。

東北大の学生寮は三条町という東北福祉大の近所でした。そこから自転車で川内キャンパスまで移動し、バスに乗って工学部がある青葉山キャンパスに上って大学へ通いました。まだ仙台の地下鉄ができる前でしたので、移動はいつもバスでした。翌年度からは研究室で原付を貸してもらって通学とか聖地巡礼をしました。学生寮はクーラーがなく、扇風機とガスストーブが1台あるだけの部屋でしたが、冷蔵庫と流し台、ガスコンロなどがありまして自炊もできました。
幸いなことに、仙台で出会った人々はみんな優しく、素敵な方々でした。交換留学生は先生のラボに配属されますが、どう過ごすのは基本は自由で、挨拶以外は研究室にほとんど行ってない留学生も結構ありましたが、私は朝一から夕方まで研究室の修士、博士過程の方々と研究室生活を共にしました。日本の大学院の研究生活を味わうには最適な場所でした。
交換留学生としては当然ですが、学部の単位を取るのが重要です。交換留学生の正式な名称は「特別聴講生」といいますが、先生から了承を得て、学校で配ってる申請書に聞きたい授業を書いて提出して、普通に授業とQUIZ、テストを受けて単位を取ります。アメリカやヨーロッパからの学生さんは留学生のために開講した日本語の授業や英語の授業を受けることもありましたが、私は普通な日本人学生向けの化学工学専門の授業を受けました。初のケースかもですが、実験の授業も取って、一緒に化学工学の実験をしてレポートを提出しました。とてもハードルが高く、学生さんの優秀さに驚きました。



研究室の先生が少し変わった(?)方で、研究室で朝7時からそばを打った(?)ことも楽しい思い出です。東北地方なりの芋煮会、ラボ対抗の駅伝大会、運動会、温泉旅行など、様々な行事にも参加させていただきました。今でも日本のキャンパス生活を満喫させていただいたことに当時の先生とラボ同僚の皆さんには心から感謝しております。
個人的にも東北大の聖書研究会に参加したり、仙台のどんと祭や松焚祭で屋台の食べ物を楽しんだり、日本3大の松島観光、当時に放送された「かんなぎ」の聖地巡礼を楽しんでおりました。

仙台での大きい思い出として、マクドナルドでバイトをしたことがあります。今も仙台クリスロードにありますマクドナルドでバイトをしました。階段下にあるすき家は私がバイトする途中にできた店です。最初はごみ捨てから始まり、週末はほぼ土日で8時間のハンバーガーを作りました。女子高生のトレーナーからハンバーガーの組み立て方法を教えてもらって、アニメや漫画が好きな高校生たちと仲良く交流したり。マック好きな方が多いので、マックのバイト経験はいい話題になります。
さて、日本文化と大学生のライフを楽しむのもよいですが、私には堀江由衣様からの使命がありました。最初は就活を調べましたが、エンジニアとして就職したいなら大学院まで進学がよいと結論を出して、先生から東大の先生を紹介いただくことになります。うれしいことに先生から韓国の大学を卒業したらうちに来ないかとスカウト(?)もされましたが、心苦しいながら、ほっちゃんの命令に従い東大の受験をすることになります。
後日、東大に合格した後に書いた文書がありますので、それを次に翻訳して載せたいと思います。
