初めて日本に立った日、忘れていた夢を思い出す (2006)

2006年7月末、あさようは兵役を終え、無事に除隊しました。

韓国男として果たさなければならない、大きな仕事を一つ終えたわけです。

少し余談になりますが、当時は兵役を終えていないと、海外へ旅行することさえいろいろと制限があった時代でした。

パスポートも、一度しか使えない「単数旅券」しか発給されませんでした。つまり、旅行であっても一度海外へ出て帰国すると、そのパスポートは無効になってしまうのです。

さらに、旅行のためのビザを取得するだけでも、一定以上の収入がある保証人が3人必要でした。

兵役を避けて海外へ逃亡する人を防ぐための措置だったそうです。現在ではかなり緩和されているようですが、当時はそれくらい厳しい時代でした。

もともと海外に出ることを夢見ていた私にとっては、一日でも早く兵役を終えて、こうした制限から解放されたいという気持ちがありました。

実際、兵役を終えたことで海外への「リミット」が外れたことは、今振り返ってみても、その後の人生が順調に動き始めるために必要なことだったと思います。

この制限が後になって足かせとなり、大学院の修士課程の途中で2~3年休学して兵役に行くことになった人など、苦労した人も少なくありませんでした。

K-POPの歌手や芸能人が兵役を終えて復帰することが一つの大きなイベントとして知られているのも、こうした背景があるからです。

当時、お姉さまは学部の交換留学生として東京に住んでいました。

軍隊も終わった。
日本語も勉強してきた。
一度くらい日本を旅行してみたい。
そして、東京にいるお姉さまにも会いに行きたい。

そんなこんなと理由を並べて両親の許可をもらい、あらかじめパスポートも取得して、8月中旬、5泊6日の日程で東京へ行くことになりました。

当時は大邱に住んでいたので、釜山・金海空港から東京・成田空港へ向かう飛行機に乗りました。

2006年の秋葉原駅

そして、この2006年の旅行をきっかけに、あさようは2010年までの5年間、毎年真夏になると日本へ旅行するようになります。

私はこの一連の夏の旅行を、自分で「真夏のフェスタ」と呼んでいます。

2006年の「真夏のフェスタ」の旅行記も、いつか日本語に翻訳して公開する日が来るかもしれません。

この初めての日本旅行の最後の行程は、東京・お台場での1泊2日でした。

当時はまだ存在していた「大江戸温泉物語」に泊まりました。

その日は、ゆりかもめの一日乗車券すらほとんど使わず、お台場中をひたすら歩き回りました。

レインボーブリッジや自由の女神像の前で記念写真を撮り、フジテレビを見学した後は、そのままお台場をぐるりと一周するように歩き続けました。

そして、辺りが薄暗くなってきた頃、最後に訪れた場所が「お台場海浜公園」でした。

その海辺に立って、夜景に浮かび上がるレインボーブリッジ、東京タワー、そして東京の街を、私は黙って眺めていました。

兵役を終えたばかりの、当時23歳のあさよう。

大きな義務を一つ終えて、ようやく自由を取り戻した一方で、これからどうやって生きていけばいいのかという悩みもありました。

さらに、兵役の終盤に起きた、あまり良くない出来事によって、仲間の半分以上と決別することになってしまったことへのやるせなさもありました。

達成感と虚無感。

やるせなさと心残り。

大学へ復学した後、また最初からやり直さなければならない学業。

そして、その先に待っている人生をどう生きていくのか。

そんなさまざまな思いが、ちょうどピークに達していた時でした。

そのとき、ふと思い出したのが――

『ラブひな』と、堀江由衣様でした。

「私は今、日本に初めて来て、こうして一人でお台場に立っている。」

「でも、私は何のために日本語を勉強して、今こうしてお台場に立っているんだろう?」

「私はなぜここまで来たんだろう。何のために、一生懸命努力してきたんだろう?」

このブログでも何度か登場している、クリスチャンとしての一つの概念があります。

Coram Deo――「神の前に立つ、ただ一人の人間」

初めて足を踏み入れた、ずっと憧れていた異国の地。

その海辺に立ちながら、それまで自分がしてきたこと、経験してきたこと、そのすべてが一つにつながっていくような、不思議な感覚がありました。

そして、そのとき私は気づいたのです。

堀江由衣様こそ、神様があさように与えてくださった「タラント(Talent from God)」だったのだ、と。

そして、自分の人生は、そのタラントへ向かって歩んでいくべきなのだ、と。

https://eventer-activity.com/archives/91

この瞬間から、堀江由衣様を目指す、あさようの「天路歴程」本編が始まります。

……序論、長すぎましたか?(笑)

この気づきをきっかけに、あさようはどのように人生を設計し、そして実際に歩んでいったのか。

その過程で何があったのか。

そして、5年後、本当に東京大学に合格するまでに至った物語は、次の記事で書いていきたいと思います。

すべての始まりとなった、この2006年のお台場での経験は、私にとってあまりにも大きな意味を持つものでした。

だからこそ、その記念として、あさようは今でもお台場海浜公園を、

「願いが叶う場所」

と呼んでいます。

いわば、自分の心の中にある聖地です。

そして後に、お台場があさようにとって第一の作品となる『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の聖地となり、さらには本当にこの地域のマンションを購入して、暮らすことになるとは――。

そう考えてみると、この2006年の経験が、今の自分を作ったと言っても、決して大げさではないのかもしれません。

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