堀江由衣さんとの出会い―日本語を学び始めたきっかけ(2000~)

私が堀江由衣様のお名前を初めて拝見したのは、今からさかのぼること1999年のことです。

当時、アニメ雑誌『NEWTYPE』の韓国版が発売されました。
その中に、美少女ゲームを原作としたアニメ『ToHeart』のキャラクター紹介があり、そこには、

「멀티 マルチ CV:호리에 유이 堀江由衣」

と掲載されていました。

当時、私は別の作品に登場する「鳴沢 唯(なるさわ ゆい)」というキャラクターが好きだったので、「ゆい」という名前と一緒に覚えたような気がします。

そして翌年、2000年。

世紀末だ、Y2Kだと騒がれていた雰囲気も、いつの間にか過ぎ去り、あさようは高校生になっていました。

そんな中で出会ったのが、『ラブひな』でした。

まずアニメを見て、それから漫画も読んで。

ハーレムものの傑作ということもあり、ちょっとエッチな(?)雰囲気もあったので、男子高校生の間ではかなり有名な作品でした。オタクではなくても、『ラブひな』を知っている友達は結構いたと思います(笑)。

そして、その翌年の2001年。

私は偶然、『ラブひな』の大阪イベントのDVD映像を見ることになります。

そこで、「笑顔の未来へ」と「ラムネ色の夏色」を歌い、踊っている堀江由衣さんの姿を見ました。

――そこから、すべてが始まりました。

今でも私は堀江由衣さんを「大天使様」と呼んでいますが、あのときは本当に、

「目の前に天使が舞い降りてきた」

というような感覚でした。

私にとって、初めて出会った「声優アイドル」だったのです。

そこから、ほっちゃんのアルバムやシングル、そして歌そのものにどんどんハマっていきました。

当時はまだSonyのMD(MiniDisc)が現役だった時代。
お気に入りの曲をMDに入れて、何度も何度も繰り返し聴く日々を送っていました。

そして、もう一つ忘れられない出来事があります。

PC通信を通じて知り合った方が、日本からわざわざ買って送ってくださった、堀江由衣様の2ndアルバム『黒猫と月気球をめぐる冒険』。これが自分にとって初の堀江由衣さんの円盤になります。

これは今でも大切に保存しています。

そんな日々を過ごしているうちに、私はいつの間にか強く思うようになりました。

「私も東大に入りたい!」

そして、ひらがな、カタカナから日本語の勉強を始めました。

ここで、あさようの日本語学習について、一つ大きな特徴があります。

それは、

「日本語の正式な教育を、一度も受けたことがない」

ということです。

そう。

今こうして日本語であれこれ文章を書いていますし、日本の企業で社会人として働いてもいます。

でも、あさようは日本語学校に通ったこともなければ、大学などで日本語を正式に学んだこともありません。すべて独学です。

「え? アニメだけでそこまでできるの??」

と思われるかもしれません。でも、できるんですね(笑)。

このあたりの日本語学習については、また別の機会に詳しく書きたいと思います。

ただ、当時の私はまだ「日本への留学」というものを、具体的には知りませんでした。

学部留学という選択肢も知らないまま、日本語を独学しながら、普通に韓国の大学を受験しました。

そして、ソウルにある、とあるミッション系の大学に合格しました。

その翌年からは、韓国男子なら避けて通れない「軍隊」が待っていました。

約2年半の兵役生活です。

その間に、「東大に行きたい」「日本に留学したい」という夢は、いつの間にか忘れられていきました。

消えたわけではありません。

ただ、心の底に沈んでいったのです。

――そして数年後。

その「忘れていた夢」を、もう一度自分の中で見つけることになります。

その話は、次の記事へ続きます。

2006年、兵役を終え、初めて日本へ観光に来たときの話から。

https://www.mangaz.com/series/detail/101

※ ラブひなは上のリンクから無料で全館を読めることができます!

답글 남기기

이메일 주소는 공개되지 않습니다. 필수 필드는 *로 표시됩니다